「生きづらさ」や自己否定が長く続くと、多くの人は「自分の性格が弱いからだ」「努力が足りないからだ」と考えがちです。

でも心理学や神経科学では違う説明がなされています。

幼少期の育ち方や人間関係で繰り返し味わった不安や恐怖は、脳を守るための警報装置を過敏にし、神経系全体のバランスを狂わせます。

具体的には、以下のような脳部位や神経が関わります。

扁桃体(へんとうたい) – 警報装置が過敏になる

扁桃体は危険を検知して恐怖・不安反応を引き起こす「警報装置」です。

社会不安障害の患者では恐怖刺激に対して扁桃体が過剰に反応することが報告されており、その活性は症状の重さに比例します。

うつ病患者でも恐怖表情を処理する際に左扁桃体が過活動を示し、抗うつ薬によって正常化することが示されています。

トラウマ経験が強いほどこの過活動が習慣化し、ちょっとした出来事でも強い不安やネガティブ思考が誘発されます。

海馬 – 記憶の整理が妨げられる

海馬は経験の記憶を整理し、「今」と「過去」を区別する役割があります。

海馬にはストレスホルモンを受け取る受容体が多く、長期の強いストレスに非常に弱いことが分かっています。

重いトラウマを体験した人や強いストレスを受け続けた人では、他の脳領域よりも海馬が萎縮しやすく、うつ病や統合失調症でも海馬の萎縮が報告されています。

慢性的なストレスでコルチゾール値が高い状態が続くと海馬の神経細胞の枝分かれ(樹状突起)が縮んでしまいますが、ストレスを減らすとこの萎縮は部分的に回復します。

海馬がうまく働かないと、嫌な出来事の記憶を何度も思い出し続け、「過去」に縛られる傾向が強くなります。

前頭前皮質 – 感情制御の司令塔が弱まる

前頭前皮質は性格形成や意思決定、社会的行動を担当し、扁桃体などの辺縁系に対して“落ち着け”というトップダウンの信号を送って感情をコントロールします。

京都大学とMITの研究では、前頭前皮質から辺縁系へベータ周波数の信号が送られることで他の領域を制御していることが示されましたが、うつ病モデルのサルではこのトップダウン信号が弱くなり、悲観的な状態で感情的な意思決定が増えることが分かりました。

前頭前皮質の機能が低下すると不安や怒りのブレーキが利きにくくなり、自己否定や衝動的な反応が起こりやすくなります。

迷走神経 – リラックス反応を引き起こす“副交感スイッチ”

迷走神経は副交感神経系の主な神経で、心臓や呼吸、消化などの無意識の働きを調整します。

心拍数や呼吸をゆっくりにし、食物の消化を促すなど、身体を「休息と消化(rest‑and‑digest)」状態に導いてストレス後に落ち着かせる役割を持ちます。

迷走神経が弱まると身体が常に緊張状態になり、心拍が高く浅い呼吸になりやすく、脳の過覚醒が収まらなくなります。

これらのシステムは相互に影響し合います。

幼少期の虐待や人間関係のストレスが続くと、扁桃体は敏感になり、海馬は記憶を整理できず、前頭前皮質による「落ち着け」という抑制信号は弱まります。

その結果、わずかな刺激でも体が防衛反応を起こし、不安、緊張、落ち込みといった状態が習慣化し、「自分はダメだ」という思考に至ります。

しかしこれは性格の欠点ではなく、脳の過覚醒がもたらす“癖”です。

適切なアプローチで脳と神経のバランスを整えれば、この状態はリセットできます。

例えば、迷走神経を刺激し、身体をリラックスさせると、扁桃体や海馬の過剰反応が落ち着きます。

また、前頭前皮質の働きを強化することで、扁桃体へのトップダウン制御が回復し、感情の揺れを抑えやすくなります。

こうした神経科学に基づいた介入で脳の過覚醒反応を和らげることが、「生きづらさ」や自己否定を軽くし、「本来の自分」を取り戻すための鍵となります。